大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成11年(行ウ)2号 判決

原告

福田廣儀

右訴訟代理人弁護士

末澤誠之

被告

枚方税務署長 加賀八郎

右指定代理人

岩松浩之

原田一信

木本正行

浅野由佳

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が平成一〇年五月二二日付けでした原告の平成九年分所得税の更正処分のうち、更正処分金額である還付金の額に相当する税額二二万三六〇〇円を超える金額及びこれに対する過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告が平成一〇年五月二二日付けでした原告の平成九年分所得税の更正処分のうち、課税総所得金額一八一一万五〇〇〇円を超える部分及び更正処分により納付することとなった税額三六万〇四〇〇円(原告の申告に基づく還付金額五八万四〇〇〇円と更正処分による還付金額二二万三六〇〇円との差額)並びに過少申告加算税賦課決定処分の取消しを求める事案である。

一  前提事実(争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実)

1  原告は、平成一〇年三月一二日、被告に対し、別表の「確定申告」欄記載のとおり、平成九年分の所得税の確定申告(以下「本件申告」という。)をした。原告は、本件申告において、同年分の総所得金額から控除される医療費(所得税法七三条、同法施行令二〇七条により総所得金額等から控除される医療費、以下「医療費」という。)の額を二〇〇万円と申告した。なお、原告の平成九年分の所得税にかかる各所得、医療控除を除くその他の控除の金額、源泉所得税額は、別表の「更正」欄のとおり争いがない。

2  被告は、平成一〇年五月二二日付けで、原告に対し、原告の平成九年分の医療費の額は一〇九万九七五一円であるとして、別表の「更正」欄記載のとおり更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下、「本件賦課処分」という。なお、以下、本件更正処分と合わせて「本件各処分」という。)をした。

3  原告は、平成一〇年七月一三日、本件各処分につき、国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、同所長は、同年一一月五日付けで審査請求を棄却する旨の裁決をし、右裁決書謄本は同月二四日ころ原告に送達された。

4  原告の母福田喜美(以下「喜美」という。)は、老人福祉法(以下「福祉法」という。なお、以下、平成九年法律第一二四号により改正された規定については、同法による改正前の規定を指す。)五条の三に規定する特別養護老人ホーム(以下「特別養護老人ホーム」という。)である「るうてるホーム」(以下「るうてるホーム」という。)に平成三年九月六日から入所していた。

喜美のるうてるホーム入所に関し、守口市長に対し、平成九年中に、福祉法二八条一項に規定する措置費徴収金二六六万〇七〇〇円(以下「本件措置費徴収金」という。)が支払われた。なお、内訳は、喜美名義分が金七二万九九〇〇円(乙三の1ないし9)、原告名義分が一九三万〇八〇〇円(乙四の1ないし三)であった。

なお、喜美は、平成一〇年一〇月二二日に死亡した(乙一、二)。

二  争点及び当事者の主張

1  原告の主張

(一) 本件措置費徴収金二六六万〇七〇〇円は、以下の理由により、医療費に該当すると解すべきところ、本件措置費徴収金は原告がその負担で支払ったものであるから、原告の平成九年分の課税総所得金額及び所得税額の算出に当たっては、所得税法七三条に定める医療費控除として総所得金額から二〇〇万円が控除されるべきである。

(1) 喜美は、るうてるホームという医療機関と同視すべき施設に「入院」中であった。

喜美は、大正三年一月三〇日生まれであるところ、平成三年以降、多発性脳梗塞(老人性痴呆)、糖尿病、慢性肝炎と診断され、これらの疾病に対し常時医療行為が必要な状態であり、自宅介護では生命に危険が伴うが、徘徊のため通常の病院に入院できないことから、特別養護老人ホームであるるうてるホームに入所している。

そして、るうてるホームは、医療機関と同質の施設であって、同所においては、定期的に週一回あるいは必要な場合随時常駐の医師の診療が受けられ、さらに専門的に訓練を受けた職員(看護婦、寮母、ケースワーカー、栄養士、調理員及び看護コンサルタント等)による常時の看護が受けられる。実際に、るうてるホーム診療所は病院と同じであり、同診療所で行われた喜美に対する治療内容も必要な治療であって、ただ喜美が徘徊のために通常の病院に入院できないだけであり、るうてるホームにおいても医療行為が継続している。

また、特別養護老人ホームにおいては、もともと医療的処遇の必要性が予定されていた。すなわち、「特別養護老人ホームの設備及び運営に関する基準の施行について」(昭和四一年一二月一六日社老第一四九号社会局長通知)は、その第4処遇に関する事項2、4として、健康管理及び医療の基準について言及しているが、それによれば、特別養護老人ホームは、当然のこととして診療所を備え医療行為ができるように万全の体制をとっており、通常の医療機関と均等なものである。

(2) 措置費徴収金は実質的に医療費に他ならない。

喜美は、右(1)のとおり、平成三年度以降入院が必要な病人であり、平成三年九月六日から平成一〇年まで、るうてるホームに「入院」していたものである。

そして、原告は、守口市長に措置費徴収金を支払っているが、その実費は医療費と何ら異なることはなく、守口市長及びるうてるホームの事務手続上その明細が算出されないだけのことであり、喜美においては、少なくともその八割以上が医療費に該当する。

甲一五号証の1、2からうかがえる喜美に対する医療行為の実態は、平成九年度においても同様であり、このような狭義の医療行為に対する対価まで措置費にされて医療費控除の対象にならないのは、憲法一四条に違反し、所得税法の解釈としても誤っている。

また、るうてるホームの一人あたりの一か月の保険衛生費は、例えば平成四年度では九六八二円とされているが、医療法人弘道会守口老人保健施設ラガールと比較すると高額にすぎ、その実費は医療費である。

さらに、喜美は、るうてるホーム入所中に、るうてるホーム診療所医師山内紀之、徳州会野崎病院、その他の病院で診察を受け治療を受けている。

加えて、喜美は、平成三年一月四日に、医療法人小野山診療所の医師小野山攻から老人性痴呆症によりおおむね六か月以上にわたり寝たきり状態にある又はあると認められ、必要期間一年以上としておむつ使用証明書の発行を受けたが、右状態は継続中である。しかるところ、るうてるホームは、平成九年度においても入所関係費用として紙おむつ、紙パンツ、尿とりパット、おむつカバー等について相当額を支出している。したがって、おむつ代相当額については医療費控除が認められるべきである。

(3) 所得税法七三条二項の医療費の解釈

我が国における老人は、今後とも恒常的に人口が増加し、それにしたがって医療費やその関連費用は不可避的に増加するのであり、老人本人はもちろんその扶養義務者にとっても恒常的な出費を余儀なくされている。したがって、通常健常者における医療費控除の趣旨、すなわち、医療費という異常な出費に伴う担税力の減殺を調整するものとの趣旨は、老人の場合には該当しない。実際には、医療費に附随ないし関連する費用の負担が重くなり、喜美とその扶養義務者である原告にとって、膨大な措置費徴収金という名目の、実質的な医療費とその関連費用が必要不可欠となり、担税力が減殺され、その調整の必要性が高いというべきである。

また、被告は、医療費控除の対象になる医療費は、医療行為の対価を前提とすると主張するが、所得税法基本通達による医療費控除の対象は、非常に拡張し、実情に合わせている。そして、老人保健施設においても、実際には、ほとんどが定額払の入院医療管理料が採用され、厚生省も定額制を誘導しており、対価性の極めて希薄なものも医療費として控除されているが、右入院医療管理料は、特別養護老人ホームにおける措置費徴収金と異なるところはない。

(4) 老人保健施設との不平等

老人保健法(以下「保健法」という。なお、以下、平成九年法律第一二四号により改正された規定については、同法による改正前の規定を指す。)六条四項に規定する老人保健施設(以下「老人保健施設」という。)の入所者が同施設に支払う利用料は医療費控除の対象とされている。老人保健施設と特別養護老人ホームは、実際には、その機能及び運営上区別しがたい状況であり、看護の仕方についてもその差異はほとんどなく、かつ、いずれに入所するかは、施設側の余裕の有無により決まるのが実情であることに鑑みると、特別養護老人ホームの施設利用の対価たる性質を有する措置費徴収金を医療費控除の対象としなければ、課税において著しく不公平であり、憲法一四条に違反する。

(二) さらに、次の費用は医療費として控除すべきである。

(1) 喜美は、るうてるホーム入所中に、るうてるホーム診療所医師山内紀之、徳州会野崎病院、その他の病院で診察を受け治療をしているが、そのうち、原告が実際に支出した費用は、医療費として控除されるべきである。

(2) るうてるホームでは、サナトリューム受診料や飲料水等の費用を原告が負担した喜美からの預り金で支払っているが、これらの中には医療行為に密接不可分な費用が多数あり、これらは、医療費として控除されるべきである。

2  被告の主張

(一) 医療費控除の要件

確定申告において医療費控除が認められるためには、〈1〉所得税法七三条一項の要件、すなわち居住者が、自己又は自己と生計を一にする親族にかかる医療費を支払い、その合計額が一定の金額を超えるという要件を充たすこと、〈2〉同条二項、同法施行令二〇七条の要件を充たす医療費であること、〈3〉同施行令二六二条一項二号の「領収を証する書類」の添付があることが必要である。

(二) 本件措置費徴収金について

(1) 本件措置費徴収金は次のとおり右(一)〈2〉の要件を充たさない。

ア 医療費控除の対象となる医療費は、所得税法七三条二項において、「医師又は歯科医師による診療又は治療、治療又は療養に必要な医薬品の購入その他医療又はこれに関連する人的役務の提供の対価のうち通常必要であると認められるものとして政令で定めるもの」と規定され、これを受けて、同法施行令二〇七条において医療費の範囲が限定列挙され、さらに、所得税法基本通達(昭和四五年七月一日直審(所)三〇(例規)「所得税基本通達の制定について」国税庁長官通達七三一三)が定められている。

イ 特別養護老人ホームの入所対象者は、福祉法一一条一項二号において、「六五歳以上の者であって、身体上又は精神上著しい障害があるために常時の介護を必要とし、かつ、居宅においてこれを受けることが困難なもの」と規定されているが、さらに具体的には、「老人ホームへの入所措置等の指針について」(昭和六二年一月三一日社老第八号厚生省社会局長通知)により、以下の要件を満たす場合を入所対象者としている。

〈1〉 健康状態について、入院加療を要する病態でないこと及び伝染性疾患を有し、他の被措置者等に伝染させるおそれがないこと。

〈2〉 日常生活動作の状況について、入所判定審査票により、歩行、排せつ、食事、入浴、着脱衣の各項目について日常生活動作を検討した上、その検査事項のうち、全介助が一項目以上及び一部介助が二項目以上あり、かつ、その状態が継続すると認められること。

又は、精神状況について、右審査票により痴呆等精神障害の問題行動を検討し、それが重度又は中度に該当し、かつ、その状態が継続すると認められること。ただし、著しい精神障害及び問題行動のため医療処遇が適当な者を除く。

特別養護老人ホームは、右のような入所対象者を養護する施設であるから、家族に代わって日常の世話をする「福祉施設」であって、医師等による診療、治療等を受けることを目的とする「病院」又は「診療所」には該当しない。

ところで、福祉法一七条一項に基づく「養護老人ホーム及び特別養護老人ホームの設備及び運営に関する基準」(昭和四一年七月一日厚生省令第一九号)二三条二項では、特別養護老人ホームに設置される医務室は、医療法一条の五第三項に規定する診療所でなければならない旨定められているが、これはあくまで生活の場である特別養護老人ホームに医療法上の診療所が併設されているにすぎず、このことは特別養護老人ホームの施設全体が医療法上の「病院」であることを意味するものではない。

なお、喜美につきるうてるホームへの入所措置がとられたのは、疾病治療の必要性に基づくものというよりは、介護の必要性によるものであったということができ、医療機関への入院を必要不可欠とするような疾病治療の必要性は存しなかった。

ウ 措置費徴収金は、市町村が特別養護老人ホームへの入所又は入所委託の措置のために支弁する措置費について、原則として、入居者の収入及び扶養義務者の所得税額に応じて決定されるものであり(応能負担)、入所者の受けたサービスの対価性を考慮して決定されるものではない。そして、措置費は、「老人保護措置費の国庫負担について」(昭和四七年六月一日厚生省社第四五一号厚生事務次官通知)が定める算定基準により算定されるが、この算定基準によると、事務費、生活費、移送費及び葬祭費から構成され、医療費は含まれていない。このように、措置費徴収金は、医療に対する対価性を有するものではなく、所得税法七三条二項、同法施行令二〇七条の各号に該当しない。また、その実質も、生活費的要素を多く含むものであって、入所者の受ける医療行為の対価性を有するものではない。

このことは、特別養護老人ホームの入所者が併設されている診療所を利用した場合には、措置費徴収金とは別に診療の対価を支払うこととされていることからも裏付けられる。

エ おむつ代について

おむつ代については、疾病の治療を行う上でおむつの使用が欠かせない寝たきり老人等であって、かつ、医師が治療上おむつを使用することが必要である旨の証明書を発行する場合には、前記(一)〈2〉の要件を充たすものである。このことは、寝たきり老人等が特別養護老人ホーム等の施設に入所中であると在宅であると異ならない。

そして、おむつ代について控除対象性の要件を充たすためには、各年ごとにおむつ使用証明書が発行され、確定申告の際に申告書を添付し、又は提示することを要するが、原告については、右要件を欠く。

また、原告が提出する甲第二七号証は、るうてるホームが入所関係費用として紙おむつ代等を支出していることを示すのみで、原告が措置費徴収金を支出したことや、るうてるホームがおむつ代を支出したことをもって、原告自身が喜美のおむつ代を支出したことと同等に評価することはできない。

(2) 所得税法七三条の解釈

ア 所得税法七三条は、医療費の支出による担税力の減少を考慮して医療費負担者の納税額を軽減しようとする趣旨であって、その立法目的は正当なものである。そして、同条二項、同法施行令二〇七条は、医療費控除の対象とする医療費の範囲について一定の限定を行っているが、その限定の仕方が右目的との関連で著しく不合理であるということはできない。

したがって、同法七三条二項、同法施行令二〇七条が、憲法一四条に違反するということはできない。

イ また、措置費徴収金は、入所者の収入や扶養義務者の税額等に応じた応能負担とされていることから、応益負担である通常の医療費や老人保健施設の利用料とは異なり、医療費控除を待つまでもなく担税力に対する配慮が及ぼされているというべきである。

さらに、所得税法は、納税者及びその扶養親族の最低生活費に対する課税除外その他納税者の個人事情に適合した応能負担の課税を実現するなどのため、各種所得控除を行うことを規定しているところ、右所得控除の中には、特別障害者控除や老人扶養控除があり、原告の場合についても、喜美を扶養する納税者として、特別障害者控除及び老人扶養控除が所得から差し引かれている。

ウ 原告の主張する入院医療管理料は、審査支払機関(支払基金等)から老人病棟を有する病院に対して支出される費用であって、老人保健施設に対して支出される費用ではない。また、入院医療管理料は、あくまで医療の対価としての診療報酬であり、特別養護老人ホームにおける措置費とは全く法的性格を異にする。

(3) 老人保健施設との比較

ア 老人保健施設は、疾病、負傷等により、寝たきりの状態にある老人又はこれに準ずる状態にある老人に対し、看護、医学的管理の下における介護及び機能訓練その他必要な医療を行うとともに、その日常生活上の世話を行うことを目的とする施設として保健法六条四項に規定されている。そして、保健法四六条の一七第一項において、医療法以外の法令(健康保健法、国民健康保健法等を除く)の「病院」又は「診療所」に含まれる旨規定されており、医療法一条の二第二項においても「医療提供施設」として規定されている。このように、老人保健施設では診療又は治療行為が行われることが当然の前提とされている。

そして、老人保健施設は、保健法施行規則二三条の二各号に掲げる費用及びおむつ代、理美容代その他の日常生活に要する費用の範囲内において、入所者等から利用料の支払を受けることができ、それは理美容代その他の日常生活に要する費用を除き医療費控除の対象となる。

このように、特別養護老人ホームと老人保健施設とは、その設置目的及び性格等が異なり、その費用負担の性格も全く異なる。

イ また、原告は、平成三年九月初旬に、当時の守口市役所の福祉課長であった近藤氏と面接し、老人保健施設、病院及び特別養護老人ホームのいずれをとっても入室等が約半年から一年待たなければならない現状から、入所先はどこでもよいから早くして欲しいと頼み込んだものである。これは、原告が、老人保健施設、病院及び特別養護老人ホームのいずれであるかには執着しないという選択を行ったことにほかならず、喜美をるうてるホームに入所させることにしたのは、特別養護老人ホームの制度を利用するという選択を行ったことにほかならない。半年ないし一年の順番待ちを余儀なくされるなどの事実上の制約が存在したことをもって、法制度として「選択の余地がなかった」などということはできない。

ウ したがって、措置費領収金と老人保健施設の利用料とで医療費控除の扱いが異なることは何ら違法ではない。

(4) 保健措置費徴収金の負担者

本件措置費徴収金の支払のうち、喜美から徴収されるべき措置費徴収金については、その原資は、喜美の預金から出金されたものであると推察され、前記(一)〈1〉の要件を充たさない。

(三) その他の費用について

(1) この点に関する原告の主張(1)については、前記(一)〈1〉の要件を充たさない(立証がない)。原告が提出する甲二〇号証の2は、四条畷市が、係争年分外である平成三年から平成七年までの間に保険医療機関から発行された診療報酬明細書を集計して作成した資料であるところ、右書証の「患者一部負担」との記載は、「支払われるべき一部負担金」を意味するものにとどまり、一部負担金が「医療を受ける者」から保険医療機関に対し現実に支払われたか否かについて明らかにするものではない。

(2) 同じく原告の主張(2)については、前記(一)〈1〉の要件に充たさない(立証がない。)。すなわち、係争年分につき支出されたか否かが不明であり、さらに、原資が原告により負担されたか否かも不明である。なお、原告が提出する甲一七号証の平成九年一月一日ないし同月一四日の預り金の支出は、いずれも医療のため直接必要な費用ではなく前記(一)〈2〉の要件を充たさない。

(四) 更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことについて、国税通則法六五条四項の規定する正当な理由があるとは認められないから、同条一項に基づく過少申告加算税の賦課決定処分は適法である。

第三当裁判所の判断

一  医療費控除の対象となる医療費

1  医療費控除の対象となる医療費について、所得税法七三条は、医師又は歯科医師による診察又は治療、治療又は療養に必要な医薬品の購入その他医療又はこれに関連する人的役務の提供の対価のうち、通常必要であると認められるものとして政令で定めるものをいうと規定し、これを受けて所得税法施行令二〇七条は、右の対価は、〈1〉医師又は歯科医師による診察又は治療、〈2〉治療又は療養に必要な医薬品の購入、〈3〉病院、診療所又は助産所へ収容されるための人的役務の提供、〈4〉あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師、柔道整復師による施術、〈5〉保健婦、看護婦又は准看護婦による療養上の世話、助産婦による分べんの介助の対価のうち、その症状に応じて一般的に支出される水準を著しくこえない部分の金額とする旨定めている。

右規定によれば、実質的に医療費に当たるものであれば全て医療費控除の対象となるのではなく、右規定の範囲内で医療の対価と評価できるものでなければ医療費控除の対象とはならないというべきである。

2  そして、確定申告において医療費控除が認められるためには、次の要件が必要であると解される。

〈1〉所得税法七三条一項の要件、すなわち居住者が、自己又は自己と生計を一にする親族にかかる医療費を支払い、その合計額が一定の金額を超えること。

〈2〉同条二項、同法施行令二〇七条の要件を充たす医療費であること。

〈3〉同施行令二六二条一項二号の「領収を証する書類」の添付があること。

二  本件措置費徴収金について

1  特別養護老人ホームは、「六五歳以上の者であって、身体上又は精神上著しい障害があるために常時の介護を必要とし、居宅においてこれを受けることが困難なもの」を入所対象者として、これを養護することを目的とする老人福祉施設である(福祉法五条の三、同法一一条一項二号、同法二〇条の五)。すなわち、特別養護老人ホームは、右のような者に入浴、排せつ、食事等日常生活を営むために必要な介護を家庭における家族あるいは扶養義務者に代わって行う施設として福祉法上位置づけられているのであって、入所者に対し医療行為を行うことを目的とするものではない。このことは、特別養護老人ホームが医師の常駐を前提としていること、診療所が併設されていることによっても変わるものではない。

2  市町村は、必要に応じて、特別養護老人ホームの入所対象者を当該地方公共団体の設置する特別養護老人ホームに入所させ、又は当該地方公共団体以外の者の設置する特別養護老人ホームに入所を委託する措置を採らなければならず(福祉法一一条一項二号)、右入所にかかる費用(措置費)は市町村が支弁する(同法二一条二号)。ただし、当該市町村の長は、その支弁にかかる費用について、入所者又はその扶養義務者から、その負担能力に応じてその全部又は一部を措置費徴収金として徴収することができることとされている(同法二八条一項)。

そして、市町村が支弁する措置費の算定は、福祉法二六条一項により国庫が負担する措置費の算定基準である「老人保護措置費の国庫負担について」(昭和四七年六月一日厚生省社第四五一号厚生事務次官通知、乙七)によることとなるが、その費目は、事務費、生活費、移送費、葬祭費から構成されている。しかるところ、右事務費中には医師人件費(常勤医師又は非常勤医師)が費目に掲げられていることが認められるが(乙七中の別表6、7、9、10)右の国庫負担の基準となる措置費には個々の入所者に対する医療の対価に該当する項目は含まれておらず、しかも、当該入所者が現実に受けるサービス内容とは無関係に取扱定員と級地区分による単価基準に従い一律に算定される仕組みとなっている。

次に、措置費徴収金の額の算定の面からみると、守口市においては、措置費徴収金について、支弁額を限度として、(1)被措置者に収入がある場合は、同人から収入に応じて負担金を徴収し、(2)被措置者からの徴収金が市が支弁した措置費の額に足りない場合は、被措置者の扶養義務者からも、前年分の所得税額等の階層区分により定められた負担金を徴収する旨定めている(守口市老人福祉法施行細則一〇条、乙八)。なお、平成九年六月現在、二四万円が徴収基準月額の上限とされている(乙七)。

このようにみてくると、措置費徴収金は特別養護老人ホームにおいて入所者が受けるサービスに対応する対価たる性質を有するものと観念することはできないというべきであるし、仮に、特別養護老人ホームの入所者に対するサービスの中に所得税法施行令二〇七条所定の前記〈1〉ないし〈5〉に該当するものが含まれていると解する余地があるとしても、その対価関係は明らかではなく、同条所定の「対価」たる要件を欠き、前記一2〈2〉の要件を充たさないこととなる。

3  以上によれば、本件措置費徴収金は、所得税法七三条二項、同法施行令二〇七条に該当する余地はなく、医療費には当たらないというべきである。

4  ところで、原告は、おむつ代について医療費控除の対象とすべきであると主張するのでこの点につき判断する。

おむつ代については、疾病の治療を行う上でおむつの使用が欠かせない寝たきり老人等であって、かつ、医師が治療上おむつを使用することが必要である旨の証明書を発行する場合には、前記一2〈2〉の要件を充たすものと解するのが相当であるが(「おむつに係る費用の医療費控除の取扱いについて」(昭和六二年一二月二四日直所三-一一国税庁次長回答、乙二二))、原告については、右証明書の要件を欠いており、原告が提出する甲二八号証をもってしても、いまだ平成九年度において喜美が治療上おむつを使用することが必要であったことの証明としては不十分というべきであって、結局右要件を充たすものとは認められない。

また、原告が退出する甲第二七号証も、るうてるホームが入所関係費用として紙おむつ代等を支出していることを示すのみで、原告が負担したことを証明するものではないから、前記一2〈1〉の要件を充たすことの証明がないのみならず、原告が措置費徴収金を支出しているからといって、措置費徴収金とるうてるホームが支出したおむつ代との間に対価関係が認められないことは前述のとおりであるから、前記一2〈2〉の要件も欠くものであって、結局原告の前記主張は採用することができない。

三  老人保険施設との比較、所得税法七三条の解釈

1  原告は、老人保健施設は、入所者の受ける医療、看護及び介護の実態において特別養護老人ホームの場合とほとんど差異がなく、現実には両施設のいずれに入所するかについて入所者側の選択権はないにもかかわらず、老人保健施設の利用料は医療費控除の対象とされ、平等原則に反すると主張するので以下判断する。

2  老人保健施設は、疾病、負傷等により、寝たきりの状態にある老人又はこれに準ずる状態にある老人に対し、看護、医学的管理の下における介護及び機能訓練その他必要な医療を行うとともに、その日常生活上の世話を行うことを目的とする施設として保健法六条四項に規定され、保健法四六条の一七第一項において、医療法以外の法令(健康保健法、国民健康保健法等を除く)の「病院」又は「診療所」に含まれる旨規定されており、医療法一条の二第二項においても「医療提供施設」として規定されているものであり、本来的に医療行為が行われる施設であるということがで、特別養護老人ホームとはその性質が異なる。

そして、特別養護老人ホームへの入所が行政庁による入所措置に基づくものであるのに対して(福祉法一一条一項二号)、老人保健施設への入所は、入所申込者と老人保健施設との直接の契約に基づくものであり(「老人保健施設の設置及び設備、人員並びに運営に関する基準」(昭和六三年一月四日厚生省令第一号、乙九)、入所者が老人保健施設から受けるサービスの対価のうち、食費及び特別な療養室の提供により必要となる費用、おむつ代、理美容代その他の日常生活に要する費用の範囲内において入所者が直接同施設に利用料を支払う(同省令二五条及び老人保健法施行規則二三条の二の二、なお、入所者が老人保健施設から受ける右以外の医療の費用については、保健法四六条の二により、市町村長が老人保健施設療養費を支給することとされている。)こととされている。

以上の点を総合考慮すると、老人保健施設の利用料中医療に関するものは、医療に対する対価性が明らかであり、措置費徴収金と老人保健施設の利用料とを実質的に同一のものとみることはできない。そして、所得税法七三条の立法目的は、医療費の特別支出による担税力の減少を考慮し、医療費負担者の納税額を軽減しようというもので、もとより正当なものであり、その対象を医療費との対価性が明らかなものに限定した結果、措置費徴収金と老人保健施設の利用料に差異が生じることも合理性があるというべきであり、この点に関する原告の主張は採用できない。

3  また、原告は、特別養護老人ホームと老人保健施設では選択の余地がなく、それにも関わらず差異を設けることは不合理であると主張するが、乙一九号証によると、原告は、平成三年九月初旬に、当時の守口市役所の福祉課長であった近藤氏と面接し、老人保健施設、病院及び特別養護老人ホームのいずれをとっても入室等が約半年から一年待たなければならない現状から、入所先はどこでもよいから早くして欲しいと依頼し、偶然空のあったるうてるホームに入所したことが認められ、選択の余地がなかったということはできない。

4  なお、原告は、所得税法七三条二項及び同法施行令二〇七条は所得税法基本通達七三-三によって実状にあわせて拡張されているから、本件徴収金についても老人保健施設の利用料と同様医療費控除を認めるべきであると主張するが、同通達は右法令の範囲内で規定されているものであり、原告の主張は立法論の域にとどまるものであって採用できない。加えて原告は、厚生省の「平成一〇年度税制改正に関する要望事項」で現行の医療費控除制度で控除が対象として認められている医療費との整合性、公平性を図るため、特別養護老人ホーム等への入所費用についても所得控除の対象とする必要がある旨の提言がされていることをあげているが、右提言も立法論の域を出るものではない。

四  その他の費用について

1  原告は、〈1〉喜美は、るうてるホーム入所中に、るうてるホーム診療所医師山内紀之、徳州解野崎病院、その他の病院で診察を受け治療をしているが、そのうち、原告が実際に支出した費用は、医療費として控除されるべきである、〈2〉るうてるホームでは、サナトリューム受診料や飲料水等の費用を原告が負担した喜美からの預り金で支払っているが、これらの中には医療行為と密接不可分な費用が多数あり、これらは、医療費として控除されるべきであると主張するので、以下、この点につき判断する。

2  まず、〈1〉について判断する。

特別養護老人ホームの入所者が同施設内診療所あるいは外部の医療機関で受診し、患者一部負担金を支払った場合、右負担金相当額の所得税医療費控除につき、所得税の更正を争う訴訟においてその支払を立証した場合には控除を受けることができるというべきである。

しかし、原告がその立証のため提出する、甲二〇号証の2は、四條畷市が保険医療機関から発行された喜美に関する診療報酬明細書を集計して作成した資料であるところ、同資料の「患者一部負担」欄の各金額は、法定の負担すべき金額を記載したものにすぎず、患者等から医療機関に対して現実に支払われた金額を証明するものではないうえに、本件請求における平成九年度の支出については記載が無く、原告が主張するような原告が喜美の医療費を現実に負担したとの事実をなんら証明するものではない。そして、原告は、右甲二〇号証の2以外に、前記患者一部負担金の支払を立証する証拠を提出しておらず、右主張を裏付ける事実は立証されていない(乙二〇)。

3  次に〈2〉について判断する。

また、原告が支払ったと主張するその他の費用については、甲一七号証によると飲料水については喜美の預り金から支出された事実が窺われるが、右事実のみからそれが医療費に該当する事実及び原告が負担した事実までをも認めることはできない。その他の費用については、その支出を認めるに足る証拠がない。

五  なお、国税通則法六五条の正当な理由の有無について検討するに、同項所定の正当な理由があるとは、納税者のした申告が真にやむを得ない理由によるものであり、かかる納税者に過少申告加算税を課すことが不当もしくは酷なる場合を指すものであると解されるところ、本件においては、右事情を認めるに足る証拠はない。

第四結論

以上のとおり、本件更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分は適法であって、その取消を求める本訴請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三浦潤 裁判官 林俊之 裁判官 栗原三緒)

別表

平成9年分の課税の経緯及びその内容

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例